Text by 中野誠志
水中写真において、最高の表現の1つが、英語でClose focus wide angleといわれるこの【ワイドマクロ(広角接写)】のテクニックです。
ワイドマクロとは、フィッシュアイレンズなどの接写できる広角レンズを使って、ぐっと被写体に接近して撮影する撮影方法のことです。
ワイドマクロでうまく撮影された水中写真では、そのメインの被写体が写真の中に主役として存在しながら、彼らが暮らす生活風景をも活き活きと写真に写し込むことが出来ます。
【撮影機材】
・充分に接写できる広角レンズ
Nikon 10.5ミリやCanon 15ミリやシグマ15ミリなどの単焦点フィッシュアイレンズや、トキナー10-17のズーム魚眼レンズ、シグマ24ミリマクロレンズなどの、接写できる・またはマクロ機能がある広角レンズ。
※20ミリのような一般的な広角単焦点レンズや、16-35ミリのような広角ズームレンズは、接写ができないのでワイドマクロには向いていません。
・フィッシュアイレンズでは被写体が小さすぎる場合は1.4倍テレコンバーターを使用
被写体の大きさ的には、フィッシュアイレンズで撮影する場合はだいたいこぶし大ぐらいぐらいの大きさ(10cm以上程度)があれば大丈夫です。
背景の広がりがフィッシュアイに比べたら物足りませんが、シグマの24ミリマクロレンズの場合は2cm程度の大きさの被写体でも充分主役に出来ます。
・それらを収めることができるドームポートやエクステンション
レンズによってポートとの適正、不適のマッチングがあります。
マッチングが悪いポートとの組み合わせでは収差などが際立ち、充分な描写能力を得られない場合があります。
適切な組み合わせで使用しましょう。
ワイドマクロ撮影で接写するにあたって、難しいのは光の回し方です。
ストロボの位置や角度をうまく調整しながら接近し、撮影する必要があります。
離れた位置から撮影し始めた場合、10cmほどまで接近したときではずいぶんストロボの向きを内側に向けておく必要があります。
通常のマクロレンズで撮った写真と比較してみましょう。
これはカミソリウオという魚のペアが、ヤギ類の仲間に寄り添って隠れているところをTAMRON 90mmマクロレンズを使って撮影したものです。
極論すると、こうした被写体中心の写真というのは、日本全国どこで撮影してもほとんど同じ写真にしかならないということです。
しかし、もしフィッシュアイレンズで撮影してみたらどうでしょうか?
ぐっと接近してワイドマクロで接写撮影するとこういう表現が可能です。
同じカミソリウオのペアをシグマの15ミリフィッシュアイレンズに、1.4倍のテレコンバーターを入れて撮影した写真です。
(※コンパクトデジカメでもフィッシュアイコンバーターを使えば可能)
もう1枚マクロ写真と比較してみましょう。
これは105ミリマクロレンズを使って撮影した、大きさ15cmほどのイロカエルアンコウです。
どこで撮影したかという情報はあまりこの写真からは伝わりませんよね。
柏島の後浜、ヤギ類が点在する水深25mほどの砂地で撮影したものです。
一方で、フィッシュアイレンズを使って水中ワイドマクロ撮影するとこうなります。
クマドリカエルアンコウがカイメンに擬態している様子だけでは無く、その周囲の環境や水深などの雰囲気も描写することが可能になります。
その海ならではの様子を表現できること、これが水中ワイドマクロ撮影の醍醐味です。
<ワイドマクロ撮影のポイント>
1:被写体に充分に接近すること
2:じっとしている被写体はある程度撮り直しも可能だが、
泳ぐ魚は一発勝負なので、被写体に接近する前に、テスト撮影して明るさなどを事前に調整すること。
3:被写体はストロボで明るくして色を出すが、背景は自然光の明るさをコントロールするので、露出計やインジケータを見て事前に-1~0程度になるように調整。
4:ストロボの位置は普通のワイド写真撮影の定位置からすると、だいぶ内側を向くのと、ポートの近くに寄せることになる。
5:寄りすぎるとストロボの光がポートに遮られる場合があるので、うまく影が出来ないようにストロボ位置を調整する。
ポートの影を作らず、メインの被写体にまんべんなく光を回すために、ストロボは2灯使用すること。
6:理想のワイドマクロ撮影は、被写体が撮影後もそのまま何事もなかったかのように居ることを目標にしよう。
優しく、そ~っとゆっくり体を動かし、じわ~っと近づいていき、吐く息もゆっくりそっと呼吸を行い、脅かさないように気をつける。
「よしっ!」というカットが撮れたら、撮影後は同じようにゆっくりそ~っと離れていき、立ち去るときは被写体が撮影後もそのまま何事もなかったかのように居ることを目標にして「撮らせてくれてありがとう」の気持ちでその場を後にしましょう。
7:撮影は手早く行えるようになろう
必要以上に1カ所での接写撮影に、長い時間をかけるのはあまり良くないことです。
というのも、上の写真のように隠れている魚は捕食魚に狙われやすくなりますし、逆にカサゴやヒラメのように待ち伏せしている魚は餌にありつける機会が減ってしまうかもしれません。
同じところで粘って撮影することは、産卵生態以外ではほとんど必要ありません。
アンセル・アダムスもこう言っています。
「私がここで何かを待てば、向こうで何かもっと良いものを失ってしまうかもしれない、ということを肝に銘じている」と。
なるべく手早く良いショットを撮影できるようになることで、他の素晴らしいシャッターチャンスをものにする機会が増えていきます。
※この件については別に記事を設けたいと思います。
Text by 中野誠志
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撮影に当たっての心構えやヒントはこちら。
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